観光地などで野生の動物に餌をやる人があとを絶たず、困っているところも多いようです。

公園などで鳩に餌をやる人や、公園でもないのに普通の住宅地で鳩に餌をやって周囲を困らせるような人もいるようです。

「動物たちがかわいそうだから」「動物を保護しなければいけないから」という理由で餌をやる人もいるかもしれませんが、もうちょっと別の理由があるかもしれないと、私は思います。

「餌やり」というと、鯉に餌をやるのは楽しいものです。近くの神社には鯉の餌やりができる池があるのですが、小さい子供でなくても、大人でも餌をやりたくなります。

お金持ちが鯉に餌をやっているイメージがありますが、自分で好きなときに好きなだけ餌をやれるというのは、ある意味、贅沢なことなのではなかと思います。

鯉に餌をやるとバクバクと音を立てて食べますが、それを見ていると楽しいというか、無心になれるというか、なんとなく癒やされるような気持ちになってきます。

もしかすると人間という生き物は、自分以外に餌をやることで癒やされるような作りになっているのかもしれません。

野生動物のことを紹介するテレビ番組では、本能で巣作りをする魚や鳥、求愛ダンスをする鳥や、綺麗なトンネルを作るネズミが紹介されたりします。

本能ってすごいな、と思いながら見ていたのですが、ふと、もしかすると、そのネズミは綺麗なトンネルを作ることで癒やされるのかもしれない、と思いました。

誰かに命令されたわけでもなく、自分が作りたいから作ったのだけど、綺麗に作れると満足感があり癒やされているということかもしれない、と思いました。

野生動物には本能がある、と何となく理解していた気になっていたのですが、動物の本能というものは、それをやらずにはいられない、それをやることによって癒やされる、というふうに作り込まれているものではないかと気が付きました。

人間は子育てもするし共同生活もする動物なので、自分以外の誰かに食べ物を与える行為は、人間社会を維持する上で重要な行動に当たるはずです。

それが本能として組み込まれているために餌やりは楽しいものであり、禁止されているのに野生動物に餌をやってしまったりするのではないかと思いました。

野生動物に餌をやってしまう行為を防ぐには、禁止を呼びかけるだけではだめで、なにか別の本能に働きかけるようなものが必要かもしれません。(今は思いつきませんが…)

カテゴリー: 雑感

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