我が家には3人の子どもたちがいます。上から小学校4年生、2年生、保育園年中で、一番上が男の子、下の2人は女の子です。
歳が近いきょうだいがいる家ではどこでも見られる光景だと思いますが、きょうだい同士の争いが絶えずいつでも大騒ぎになっています。
とくに、同性だからでしょうか、女の子同士でのモノの取り合いはしょっちゅうで、シールやらぬいぐるみやら、何かあればすぐに取り合いが発生します。
モノの取り合いを観察していると、相手が持っているモノは何でも欲しくなるのに、手に入れてしまうと興味が薄れてしまうように見えます。昨日あれだけ騒いで手に入れたのに、今日になると床に無造作に転がっています。
対象となる「モノ」は何でも良くて、「取った」か「取られた」かが重要なのではないかと気がつきました。
「取った」「取られた」の関係は、「勝った」「負けた」の関係と言えると思います。モノが欲しいのではなくて、「勝ちたい」「負けたくない」という気持ちがあるのだと思います。
しかし、勝ち負けだけの世界にいると満たされないのではないかと思います。今日は勝っても明日は負けるかも知れない、勝ったとしても手元にあるものは本当に自分が欲しいモノではないかもしれない、でも負けたくない。
「勝ち」「負け」は相手がいて初めて成立するものであり、相対的なものだと言えます。人間の感覚は相対的なものには敏感であるというような記事をどこかで読んだことがあります。
「今日の気温は22度です」というより「今日は昨日より暖かいです」といったほうがわかりやすいし、子どもを見る目もついつい他人の子どもと比較してしまう、自分のことだって「自分はアイツに比べてダメな人間だ」と比較してしまう、などなど。
ところで、一番上の子は、取り合いに巻き込まれることもありますが、普段はマイペースで自分のやりたいことを遂げるタイプのようです。自分が欲しいモノは欲しいけれど、勝ち負けにはあまりこだわっていないようにも見えます。
相対的でないということは、絶対的な観点を持っているということになるでしょうか、自分なりのモノサシを持っていると周囲に振り回されずにやっていけるのだと思います。
勝ち負けにこだわらないでいるのは平和で楽しそうに見えますが、競争がないとあまり向上しないのではないかという心配もあったりします。
適度に競争しつつ、でも勝ち負けではない部分で自分の存在を確認できるような、そんなふうにやっていかれると良いな、と思います。


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